今日はちょっと人里から離れた竹林に来ている。
しかしこの前みたいには迷ったりしない。
……と、思ってたんだけど竹林って目印も何にもなくてすごく迷いやすい。
しかも迷ったらどう歩いていいかさっぱり。
「俺って、方向音痴だったんだろうか……」
今回は棒には頼らない。
棒なんか落ちてないし。
「はぁ……」
日が高いうちに何とかしないと。
ここら辺妖怪が出るって聞いたし。
「………ん?」
何か竹の合間を白いものがちらほら。
「何だ?」
なんとなく追いかけてみる。
走って追いかけるが、竹が邪魔で思うように進めない。
何回か竹にぶつかると白い影を見失ってしまう。
「はぁ、はぁ、はぁ…見失った」
ただ追いかけていたために道(無いけど)が全くわからなくなる。
「………やだなぁ、こんなとこで」
きっと妖怪に襲われても誰も気づかないんだろうなぁ。
ベキベキベキ!
「いっ!?」
竹の群れをへし折りながら何かがこっちに向かってくる。
「ォォオ……ニンゲンノ、ニオイ、スルゥゥ」
「何だありゃぁ!?」
黒い塊がこっちに来る。
「ハラァ…ヘッタアァァ」
それは真直ぐ自分の方へと進んでいて、
「もしかしておれ?」
バアァン!
「うあ!?」
近くの竹がはじけた。
ベギン!バン!バギン!
周りの竹が次々となくなってゆく。
「やべぇ!?」
背を向け、一目散に走って逃げる。
だが、相手も向かってくる。
そう遅くもなく、なかなか距離を離せない。
「ニゲテモ、ムダァ」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
しかしこっちは普通の人間。
足が言う事を聞かなくなり、もつれてくる。
「はぁ、はぁ、はぁ、うわっ!?」
転んだ。
「オオオォォ」
「う、ぐぉっ!?」
腕、のようなもので殴られ、吹き飛ばされた。
次々に竹にぶつかり、失速する。
「ぐおぉ…」
息が苦しくて起き上がる事も出来ない。
「こんな所、来るんじゃなかった…」
そう、思ったとき。
『マインドストッパー!!』
何処からか、誰かが叫ぶ。
「ゴアァァ」
瞬間、化け物に周りに光る何かが四方に三つずつ発生する。
『喰らえ!』
その言葉を合図に光から弾が発生し、化け物へと殺到する。
「ギ、オオォォォ」
化け物はもだえる。
「ォォォ、ニンゲンゥゥ」
最後の足掻きなのか、大きな腕が振り上げられる。
『危ないッ!』
そしてそれは、逃げられない俺へと振り下ろされる。
「ぐぉぁああっ!?」
足に強烈な痛みが走り、そこで意識が途切れる。


「………いね…」
「……りん……だい…」
(………なんだ?)
声が聞こえてきて目が覚める。
そこは見知らぬ場所で、状況を確認しようと起き上がろうとする。
「うぐっ!?」
体全身に、激痛が走る。
「まだ起きては駄目よ」
「………あんたは…?」
「私は鈴仙」
「……おれ、どうなったんだ?」
「変なのに襲われて、怪我したから運んでやったんだよ」
ひょい、と鈴仙の後ろから女の子が出てくる。
「てゐだよ〜」
「…?」
「この子が助けを呼んだの」
「だって、私の後ついてきて勝手に危なくなってるんだもん」
じゃあ、あの白い何かはこの子だったのか。
「すごい怪我だったんだからぁ」
「…どのくらい?」
「全身強打、左腕ヒビ、両足骨折」
「……うわぁ」
「でも、そんなに痛くないでしょ?」
「うん、動かなければ痛くない」
「永琳様のおかげなんだから」
「…だれ?」
「月の頭脳、とも呼ばれた天才薬師。私の師匠でもある」
「へぇ〜…。月の?」
「そのくらいすごいって事」
「さ、この薬飲んで」
「はい…」
何の薬かは気にならなかったけど、すぐに眠くなった。


何日寝て過ごしたんだろう。
最近は松葉杖で歩けるようになりほとんどを縁側ですごしている。
「お茶持ってきましたー」
「どうも、ありがとう」
ぽふぽふ、と頭を撫でる。
ここにはウサギがすごい居る。
その中にはてゐのように人の姿で働いてるウサギが居る。
俺みたいなのがそんなに珍しいのか、はたまた優しいのか、何かと世話してくれる。
「しかし、いつになったら帰れるんだか…」
ずっとここの世話になるわけにも行かないし。
だからってこのまま帰ればまた襲われそうだし。
「……はぁ」
「なーにため息ついてんの?」
「…いつ帰れるんだろうなぁ、って」
「ちゃんと治療してればすぐだよ」
「そうかなぁ…」
空を見上げ、またため息をつく。
「何か不満でもあるの?」
「いや、ないよ。みんな親切だし、ウサギは可愛いし」
ウサギとは人化できないほう。
「ただ、暇」
「しょうがないじゃない、あまり動けない上に客なんだから」
全身打撲と左腕は完治して、後は足が治るのを待つばかり。
「何かしたいんならそこら歩いてる奴の相手でもしてて」
「…………」
言い終わるとどこかへ行ってしまう。
「そこら歩いてる奴?」
てゐと同じような服を着たのが何人か居る。
よーく観察するとただ歩いてる奴とか、縁側で日向ぼっこしてたり、ウサギと戯れてたりしてる。
ただ見てても可愛いもんだ。
と、一人こっちに向かってくる。
「お茶、どうでしたか?」
「ん、おいしかったよ」
もう全部飲んだ。
「おかわりどうですか?」
「いや、いいよ」
「わかりました」
湯飲みを持って歩き出す。
「ああ、ちょっと」
「はい?」
「俺ここに居るから後で来てくれない?」
「いいですよ」
返事をすると小走りに去ってゆく。
そして数分もしないうちに戻ってくる。
「お待たせしました」
「…働き者だねぇ」
さっきは早く戻るために小走りだったのか。
「で、なんですか?」
ポンポン、とひざを叩く。
「おいで」
とてとてと歩いてきてちょんと乗る。
また、ぽふぽふと撫で始める。
「一緒に日向ぼっこ」
この後、暖かいうちはずっと日向ぼっこをした。


夜。
「式辺さん」
「はい」
「師匠が呼んでます、来てください」
「わかりました」
何だろ…。
松葉杖をつきながらだが、鈴仙が助けてくれるとすぐにいける。
「この中です」
「…鈴仙は来ないの?」
「私はまだやる事があるんで」
スタスタといってしまう。
……こんこん。
「式辺です」
「入っていいわ」
「それじゃ」
永琳とははじめて会うのでちょっと緊張。
まず思うのがこの薬品臭。
俺はちょっと好きかも。
薬品棚のその奥。
机の上にランプを置き、そこに座っている。
「…なんでしょうか」
「いやね、ただの人間が来るなんて珍しいと思って」
「……怪我の事とかではないんですか?」
「違うわよ」
……なんだ。
「見たところ回復は順調のようね」
「はい、おかげさまで。何でも天才薬師らしいですね」
「そんな、天才だなんて。他の薬師より長生きで経験があるだけよ」
………?
「そんなに年取ってるようには見えませんが」
「そうね、外見は」
「外見は?」
「私は人なんだけど…いえ、もう人じゃないのかもしれないわね」
「なんですか、それ」
「いえ、なんでもないわ、気にしないで頂戴」
「……で、何で呼んだんですか?」
「たいした事じゃないのよ、ただどんなのか見たかっただけ」
「……」
どうもこの女性は苦手だ。
「ここはどうかしら?」
「いいですよ」
「そう」
辺りが、しぃんとなる。
「てゐは迷惑かけたり悪戯してないかしら?」
「さすがに、怪我人に悪戯はしないみたいですよ」
「そう」
何なんだろう、こっちをずっと見ている。
「あの…鈴仙が月の頭脳とか言ってましたけど、それはどういうことですか?何かとても凄いっていってましたけど…」
「あの子もおしゃべりね」
自分の師匠を自慢したかったのかな?
「そうね、話せば長いかもしれないわ」
「構いません」
「月の頭脳って言うのは、もともと私月に居たのよ」
「………は?」
「まあ聞きなさい。それで昔に姫とここに来たの」
…姫?
「蓬莱の薬って言うの飲んで追放されちゃったの」
「何ですか、その薬」
「不死の薬よ」
「…そんなの、あるんですか」
「今はないけど処方は出来るわ」
欲しい、と言う言葉は飲み込んだ。
「今その薬を処方できるのは私だけ。だから月の頭脳とか、天才とか呼ばれるのかしらね」
「不死、ですか」
「そう……あまり、長くもなかったわね。簡単にするとこんな感じかしら?」
「……」
「何黙ってるのよ、そんなに重い話でもないでしょう。今はてゐだって、うどんげだって居るんだから」
「……そうですね」
こういう雰囲気苦手。
「明日になれば松葉杖はいらなくなるはずよ」
「ほんとですか!?」
「ほんとよ、だから今日は早く寝るといいわ」
「はい」
「話はこれでおしまい、帰っていいわ」
「どうも」
部屋をでると、鈴仙が立っていた。
「………」
「……………あの」
「…ぬ、盗み聞きなんてしてませんよ?」
「誰もそんな事言ってないよ」
聞かれてもまずい事ないし。
「……もう寝るんですか?」
「いや、昼寝したからすぐには寝れないさ」
「そうですか、なら私と少しおしゃべりでもしませんか」
「いいですよ」
そして月の見える縁側へ。
「…私も、月の民だったんです」
「……そうなんですか」
月にはウサギ居たのか。
「月から、一人だけで逃げてきたんです」
「……」
「そして師匠と知り合いました」
「……」
「ここは、楽しくていいところです。あなたはどうですか?」
「とても、いいところだと思うよ」
ほんとに、良いところだ。
月を見つめる鈴仙を、じっと見つめる。
そこでなんとなく、いつもの癖で聞いてしまう。
「鈴仙の耳はさ、みんなと違ってヘロヘロだけど、どうしたの?」
一瞬動きがストップし、がっくりうなだれる。
「…てゐの悪戯で……」
「…なるほど、俺は被害無いけど大変なんだ」
ふと、気になって聞いてみる。
「姫って、誰?」
「姫はですね、師匠と月から来た人です」
それはさっき聞いたなぁ。
「まあ、姫ですからここの責任者ですかね」
「何日も居るけど見た事ないよね?」
「そうですね、いつも奥に居ますから」
「奥ねぇ…」
篭ってんのか。
「永琳さんの事師匠って呼んでるって事なら、鈴仙も薬師なの?」
「まだまだ見習いだけどね」
「いつか永琳さんのようになりたいの?」
「できれば、ね」
「そっか、頑張ってるのか」
ふぁ、と鈴仙が欠伸をする。
「…そろそろ寝ようか?」
「そうですね、朝も早いですし」
スッと立ち上がる。
「部屋まで送ります」
「ん、ありがと」
「いえいえ、お安い御用」
クスリ、と笑う。
「ここが好きなんだね」
「ええ、とっても」


「もう帰れますかね」
「そうねぇ、もう良いかしらね」
やっとか。
「お昼くらいにてゐに送らせるから、その時まで適当に時間つぶしておいて」
「はい」
昼までかぁ、結構あるなぁ。
「しかし、よくここまで早く治るよなぁ」
縁側の、いつもの場所に座る。
「ふぅ……」
目を閉じ、太陽の暖かさを感じる。
「や、調子どう?」
「ああ、いいよ」
「永琳さまは凄いでしょ」
「ああ、凄い。薬で骨折まで治るからな」
てゐは、たまに話かけてくる。
俺の感じる印象では良い子なのだが…。
「てゐは悪戯好きなの?」
「好きだよ」
あっさり。
「俺にはしないの?」
「したら鈴仙と永琳さまに怒られる」
「なるほど」
「ホントはしたかったんだけどなぁ」
「やめてくれ」
からからと笑う。
「私が送るんだよ?」
「知ってる、さっき聞いた」
「何だ…知ってたか」
つまらなそーな顔になった。
「昼までなにしようかなぁ…」
「あの子と遊んでれば?」
「あの子?」
「いつも仲良さそうだったじゃない」
ほら、と指差す。
「ああ、そうだな」
昼までだもんな。
「そいじゃ、お邪魔蟲は退散します」
てててーと行ってしまう。
「…おはよう」
「あ、お早う御座います」
眩しい笑顔だ。
「俺、今日帰れるんだ」
「そうですか、良かったですね」
「うん。だからそれまで暇つぶしに付き合ってよ」
「…はい」
暇つぶしに付き合えと行ったものの、ほとんど縁側で太陽に当たってた。
「おーい、そろそろだぞー」
「もう昼か、今行くよ」
よっこらせぃ。
「もう、行くんですか?」
「うん」
ぽふぽふと頭を撫でる。
「いろいろありがとな」
「いえ…」
「ほらぁ、いくぞぉー」
「…じゃあね」
「はい」
鈴仙と永琳さんにも挨拶をしてから永遠亭をでた。


「ここら辺凄い竹だな」
「ここをすぐに抜けられるのは私のおかげなんだから」
「感謝するよ」
日が高く隙間から差し込んでくる光が綺麗だ。
「もうすぐだけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
だんだんと竹の密度が低くなる。
「ほら、ここまでくれば帰れるでしょ」
「ああ、うん。ありがと」
里が見えるところまでやってきた。
「…………」
「…どうしたの?」
「いや、また来れるかなって」
「まぁ、運がよければまたこれるよ」
「運がよければねぇ」
てゐは、幸運の白兎だから来れるかな?
「ま、来たきゃおいでよ」
「うん、そうだな。また来ようかな」
また、変なのに襲われなきゃいいけど…。


END